【競輪】SSのまま引退したのは3人目…だが平原康多は異例

平原康多(42)=埼玉=が23日、日本競輪選手会埼玉支部に選手手帳を返納した。平原はS級S班の任期を半年以上残しての引退。GⅠの出場権が自動的に得られ、特選スタートなどでも優遇されるSSを自ら手放す異例の引退劇だった。
過去、S級S班のまま引退したのは2人。山口幸二(岐阜・62期)は2012年にS級S班のまま当時44歳で引退した。だが引退は12月25日付で、S級1班となる直前。ラストレースはGⅠ競輪祭で、SSとしてGⅠを戦い抜いてのものだった。
手島慶介(群馬・75期)は09年1月26日付で死去により引退となった(享年33)。手島はS級S班が創設された08年の最初の18人の一人。08年のGP出走はないが、その年に新設された年末の単発GⅠ「SSカップみのり」で優勝したのがラストレース。09年も18人いたSSに名を連ねたが、走ることはなかった。SSは12年から9人になった。
◆平原康多が引退 選手手帳を支部に返納「オールスターまでは何とか頑張りたかった」
